キリグア遺跡 (5) 獣形祭壇P とアクロポリスと暴風雨被害
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グアテマラ2010年4月26日(月)
世界遺産キリグア遺跡
◆2010年5月末、二つの自然災害がグアテマラを襲った。
パカヤ山の噴火と、熱帯暴風雨アガタ(日本名アガサ)である。
エントリーの最後に、その被害状況報告と支援プロジェクトを載せました。
▼アクロポリスの上から眺めたキリグア遺跡の風景

【キリグア】
コパン王朝の衛星都市として建設され、3世紀頃から栄えてきたキリグアは、当初、コパンの従属下にあったが、8世紀に入り、724年キリグアにカック・ティリウ・チャン・ヨアート王(カック・ティリウ)「嵐の空王」が即位し、738年には、コパンの王ワシャクラフン・ウバフ・カウィール「18ウサギ王」を殺害し、独立を勝ち得た。
カック・ティリウ「嵐の空王」はコパンを倒したことによってモタグァ川流域の交易を独占することに成功し、モタグァ川流域そのものの人口も増大した。「嵐の空王」はコパンの都市プランをまねて大きな儀礼広場を造り、「アクロポリス」を建設した。1981年に世界遺産に登録。
◆◆獣形祭壇Pと獣形神
「空シュル」王が795年に建立
直径3m、高さ2mの巨石に異形の獣形文様やマヤ文字が彫りこまれ、亀の口から「空シュル王」が飛び出ている場面だという。作られたのは795年、重量は20トンと推定される。
亀を神の使者とする思想や怪物の口から神が現れる発想は、中国やインド・東南アジアに広く分布する宗教美術モチーフと類似するという。マヤ人は、どこから来たのか・・・・
『我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか』
(D'ou venons-nous? Que Sommes-nous? Ou allons-nous?) ポール・ゴーギャン
▼獣形神Pの表面は、葉状の渦巻きやヘビ、さまざまな神像とマヤ文字が隙間なく刻まれている。


▼獣形神Pの牙を生やした口の中には足を組んで座り王権を表すカウィールの笏と盾をもった王の姿が刻まれている。




▼獣形神Pと対をなす隣の祭壇には炎の斧によって切り裂かれた大地の裂け目から「口からヘビを発する神」が顔をのぞかせているさまが刻まれている。

獣形神Pは、先王カック・ティリウが埋葬された「13カワクの家」で「滴を撒き散らす儀礼」を行い、カック・ティリウに処刑されたコパン王ワシャクラフン・ウバフ・カウィールの記念碑がある場所で「踊り」が行なわれたという。
◆獣形祭壇Oと獣形神

「空シュル」王が790年に建立。 こちらは、かなり損傷がある。

▼手前の獣形神Oの祭壇には、大地の上に浮かぶ雲の渦巻きにつつまれた雷神が刻まれている。

◆◆アクロポリス(中央神殿跡)
獣形祭壇の後ろの階段を登る。カック・ティリウ「嵐の空王」がコパンの都市プランを模倣して建設したという「アクロポリス」(中央神殿跡)と儀礼広場が望めた。ここはまだ発掘途中ということで未整備の状態だった。コパンと比較して、意外に規模は小さかった。






◆◆帰り道にて・・・・・

▼キリグア遺跡はステラや獣形祭壇のあるプラサと中央神殿跡のアクロポリスなど一部の区画は整備されているものの、周囲には手付かずのまま放置されたマウンド(樹木や土砂に埋もれて小山のような未発掘の遺構)を幾つも見ることが出来る。



◆われわれがキリグア遺跡を訪問したのは、2010年4月26日。
その約1ヶ月後、5月末に熱帯暴風雨アガタがグアテマラを襲った。被害は、グアテマラ全土に及び、特に西部、南部、東部地域で多大な被害をもたらした。
洪水、浸水、川の増水、がけ崩れ、橋陥落、道路陥没など被害がグアテマラ全土で起こり、各地での救出活動は難航、被災地域・被災地へ食料が届かない等、復興のめどは、未だたっていないという。
こちらは、その被害のグアテマラ緊急支援プロジェクト。
外務省の熱帯暴風雨アガサの被害状況と注意喚起
5月30日のモタグア河氾濫でキリグア遺跡も浸水し、かなりの被害を受けた。
キリグアでペンションを営む日本人女性quirigua さんのブログから
<熱帯暴風雨アガサの被害状況>
<浸水したキリグア遺跡の近況報告その1>
<浸水したキリグア遺跡の近況報告その2>
キリグア遺跡、そして、グアテマラの被災地の早めの復興を強く祈ります。












