古代エジプト展 第1章 古代エジプトの死生観 呪文の変遷-(2)
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呪文の変遷
Magic for the Living and Dead : Texts for the Dead
最古の葬送文書集の『ピラミッド・テキスト』は、王が復活するための儀式の呪文を中心とし、古王国時代の第5王朝の終わり頃に現れた。中王国時代になると中部エジプトを中心として王以外の人々の間に『コフィン・テキスト』が登場し、木製の棺の内側に呪文が記されるようになる。
『コフィン・テキスト』を継承する『死者の書』の呪文が出現したのは第2中間期(前1700年頃)。古くは棺や遺体の覆い布に記されたが、新王国時代初めから長方形の棺に代わって人形棺が使われるようになると、呪文を記す余白が不足したため、小さく納めやすいパピルスの巻物が広まる。最初は挿絵が少なく、次第に数多く描かれるようになった。第26王朝時代の「サイス改訂」と呼ばれる体系化によって200以上の章(呪文)の構成や挿絵に一定の決まりができると、以後の規範になった。プトレマイオス王朝後期に入ると、文章が極端に短く、挿絵は雑になるなど『死者の書』は衰えを見せ、ついにその役目は終わりを迎えることになる。
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ベスエンムウトの人形棺に記された『死者の書』
Book of the Dead texts on the coffin of Bosenmut
木、彩色、高さ205㎝、幅68㎝、奥行き32㎝
第3中間期―末期王朝時代、第25王朝後期―第26王朝初期、前650年頃、
ディール・アル=バハリ

第25-26王朝の間、多くの木製の棺には、『死者の書』からの長い抜粋が、内側にも外側にもインクで記されていた。このようにして文書に囲まれたミイラは、文字に宿る魔力の「鎧」によって保護されていたばかりではなく、死者は必要に応じてその呪文を唱えることが可能となった。
メンチュウ神官ベスエンムウトの内棺の蓋の中央には、第154章の呪文が記されている。これは遺体が朽ちるのを防ぐ重要な呪文である。文章は縦書きにされ、小さな長方形の枠の中には、復活の力を与える太陽光線を受けて棺台に横たわるミイラが描かれている。棺の背面に記されている第68、71章は、特別な力を得て「日の中に出て行く」ことが可能になるようにという全般的な願いに関するものである。

他の呪文はより具体的であり、呪文が記されている位置はその内容に直結している。ベスエンムウトが、「正義の証の花冠」を被ることができるように、第19章は棺の蓋の内側の頭の部分に記されている。また口開けの儀式のための第23章は、やはりその近く、頭の部分に記されている。精霊バーが遺体と統合するようにという、最も重要な第89章は、蓋の内側、腹部の上に記されている。そして来世において首を刎ねられることがないようにという第43章は、頭の後ろに書かれている。棺に記されている他の呪文には、死者がワニ、蛇、甲虫など、危険な動物の危害を受けないように魔法の力を与える呪文がある。
これらの呪文は、危害を加えるものが現れる地面に一番近い、棺の底の内側に記されている。
ベスエンムウトの棺の文章は、細心の注意を払って注意深く配置されている。『死者の書』の各節は、書記によって正確に写本されており、同時代の他の棺に比べると誤りが少ない。珍しいことに、呪文と最初と最後にはフウト(館)の文字が記されている。













