古代エジプト展 第2章 冥界の旅 旅への装い-(3)
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第2章 冥界の旅
The Journey of the Dead
古代エジプトでは、人は死後に冥界の旅をへて再生・復活し、来世での永遠の生命を得ると考えられた。『死者の書』はその旅を無事に乗り切るために必要な知識や守護の力、特別な能力などを死者に与える呪文集であり、いわば来世への旅のガイドブックといえよう。
そこには、冥界の旅で死者を待ち受ける神々や動物、風変りな風景、困難な試練などが生き生きと描写された。
死は、この世からあの世へと死者を送る儀式の始まりだった。遺体はまず処置を施されてミイラとなり、完璧で永久的な体をもつ聖なる存在へと作り換えられる。続く埋葬の儀式に関する呪文は、『死者の書』の重要な部分を成し、葬送行列と墓で行われる儀式を描写する詳細な挿絵が描かれた。儀式の中で最も重要なのが、死者の体や口や目、耳、鼻などに五感を取り戻す「口開けの儀式」で、死者はこの儀式によって、供物を食べたり、旅の途中で必要に応じて呪文を唱えたりできるようになる。
死者が旅する冥界の環境は、現世のそれに似ていると考えられていた。死者が新しい生命に目覚めた時に再び使えるように、墓には衣服、化粧容器とパレット、道具箱、武器といった日常の品々が供えられた。豊かなナイル渓谷やデルタ地帯といった現実の自然世界を反映して、冥界にも土、水路、島、丘、畑、湖、道、洞窟、大気、火、光、闇、動物などが存在すると考えられた。
危険な動物との遭遇、恐ろしい神々が番をする門といった数々の難関を、死者は呪文の助けを借りてくぐり抜けなければならない。中でも最大の挑戦は冥界の王オシリス神による「審判」だった。死者の心臓を計量にかけて生前の行いの正しさが問われ、この結果によって死者が永遠の生命に値するかどうかが決まる。
善き者は楽園に迎えられ、悪しき者は罰を受ける。この重要な場面において、死者がどういう行動を取るべきかが、『死者の書』の重要な題材の1つだった。
2-3
旅への装い
The Mummy in the Tomb: Equipping the Dead
冥界の旅に備え、死者は埋葬室の中で守護の力をもつ様々な副葬品によって守られた。護符をはじめとする副葬品の配置には重要な意味があり、『死者の書』の呪文でその指示が記されるものもある。
◆◆2-3-18
ミイラマスク
Gilded mummy mask
カルトナージュ、金箔、彩色
高さ41㎝、幅21㎝、奥行31㎝
プトレマイオス朝、またはローマ支配時代、前1世紀ー後1世紀
出土地記録なし
このマスクは、死者である所有物の穏やかで理想的な永遠の姿を現しており、黄金に輝く肌は、神格化した新しい姿を示している。喉には、小さなアンク(生命のシンボル)の護符が描かれ、頭頂部には、太陽円盤を運ぶ有翼スカラベが描かれている。マスクの後頭部には、名前の記されていない神々が並んでいるが、2番目の神は明らかにオシリス神である。鳥の姿のバーと太陽神を表すハヤブサも描かれている。下段に並ぶ7列の文字群には、オシリス神の名前や他のヒロエグリフが繰り返し記されているが、順番はでたらめで特定の意味は持たない。額に巻かれた帯に浮き彫りされた文章は、『死者の書』第151章の「マスク・テキスト」を簡略化したものである。新王国時代、この呪文がマスクに記されることは稀であったが(ツタンカーメンのマスクが特筆すべき例外である)、末期王朝になると、この傾向は再び目立つようになり、前1世紀頃まで見られた。但し、その内容は不完全で間違ったものが多かった。

◆◆来世への旅
死者が来世に旅立つとき、西方の砂漠につくられた墓の前で葬儀が行われる。葬列は「西方(アメント)の女神ハトホルと墓地を守る神アヌビスの前で行われる儀式に向かう」と書かれている。アニの『死者の書』のパピルスの巻物の最後にも、雌牛姿のハトホル女神が砂漠の緑から顔をのぞかせて死者を迎える様子が描かれている。
死者は埋葬されたのちは、独りで砂漠の暗い道を歩いていかなければならない。
冥界で待つ大神オシリスが死者のために松明を授ける場面が、パシェドウの墓の埋葬室に描かれている。死者はオシリス神の館に入るまでに、3柱の門番のいる7つの門と1柱の神が座った小さな祠のような21の衝立の前で、「ここまでやってきた」ことと、「門番たちの名前」を告げて、門を通る許可を得なければならなかった。古代エジプト人は饒舌だったようだが、余計な言葉ではなく、正確に神々の質問だけに答えることが重要であった。続くオシリス神の審判の場(古代エジプト語では「二つの真理の間」と呼ばれた)でも、そこに臨席する42柱の神々に生前に悪い行いをしなかったことを告げる「罪の否定の告白」をしなければならなかった。このようなことが埋葬後に冥界で行われると想像されたために、ミイラに生命機能を取り戻す「口開けの儀式」はとても重要なものと考えられた。フウネフェルの『死者の書』の場面は、儀式で使われる手斧など道具箱までも正確に描かれていて、墓の前で埋葬前に行われる儀式の全体像をよく表現している。そこには、死者のために前脚を切られる子牛とそれを嘆き悲しむ親牛、葬儀をとり行う喪主、『死者の書』の巻物を読み上げる朗唱神官や泣き女なども描かれている。
◆◆2-3-20
イシスの結び目形の護符
Isis-knot amulet with inscription
紅玉髄、高さ4.5㎝、幅2.0㎝
新王国時代、第18王朝、前1400年頃
出土記録なし

『死者の書』の呪文には護符に呪術的な力を与えるものがある。第156章の呪文は、ティト、すなわちイシスの結び目との関連がある。これは布の結び目を表した護符で、その持ち主にイシス女神の保護を約束する。この例には呪文の一部が刻まれている。呪文には多くの場合、使い方の詳細と効力が併記されている。
「生命を宿す」果実の汁で濡らし、シコモアイチジクの鞘皮で艶を出した紅玉髄の結び目の護符を埋葬の日に死者の首に置き、その上で呪文を唱える。このように呪文を唱えれば、イシス女神の息子ホルス神は、死者を見出し、喜びに満ちる。道は隠されることなく現れ、その身体は、天と地に向く。真実の物、手のうちにある護符を人の目に晒してはいけない。それに匹敵するものは他にないのだから。
◆紅玉髄の結び目の護符の呪文
イシスよ、あなたは血に満ち、
イシスよ、あなたは力を持つ、
イシスよ、あなたは魔力に満ちている、
護符は、この偉大な者に保護をもたらし、
何人も死者に害を及ぼすことは叶わない。
◆◆2-3-21
ジェド柱形の護符
Djed-pillar amulet
青色ガラス、高さ5.7㎝
新王国時代、第18-19王朝、前1550年―前1186年頃
出土地記録なし

ジェド柱形の護符(No.21)は一般的に首の位置に置かれた。この護符にはミイラ職人のネブメヒトの名前が記されている。
◆◆2-3-22
枕形の護符
Headrest amulet
赤鉄鉱(ヘマタイト)、長さ3.9㎝
末期王朝時代、第26王朝、前664-前525年頃
出土地記録なし

枕形の護符(No.22)は赤鉄鉱で作られている。この護符には第166章の呪文と貯蔵庫の番人イアフメスの名前が記されている。
◆◆2-3-23
心臓形護符
Heart amulet
長石、高さ4.6㎝、新王に国時代、第19王朝、前1295-前1186年頃
出土地記録なし

心臓形の護符は様々な石、あるいはガラスでできており、通常は胸の上に置かれていた。No.23の護符は、古代エジプト人が思い描いた典型的な心臓の形を再現している。平らな面には、7行にわたってヒロエグリフが記されており、そこには、『死者の書』第30章Bの初めの部分も含まれている。その中で死者は自分の心臓に向かって語りかけ、審判の際に均衡をはかる番人の前で、自分に関する望ましくない情報を吐露して自分を裏切ることがないように促している。
◆◆2-3-24
心臓形護符
緑色の班岩、高さ6.8㎝、新王国時代、第18-20王朝、前1550-前1069年頃
出土地記録なし

No.24は正面に心臓を表すヒロエグリフの形がシンプルに彫られていており、裏には、第30章Bを含むヒロエグリフが10行にわたって刻まれている。この碑文の上の空白部分には、間違いなく死者の名前が彫られる予定であったが、そのままになっている。
◆◆2-3-25
テンタウイの『死者の書』:護符の呪文
Spells for amulets and collars from the papyrus of Tentawy
パピルス、インク、高さ37.8㎝
プトレマイオス朝、前305-前30年、テーベ

この『死者の書』には、挿絵の右側の方にみられるジェド柱やイシスの結び目など、よく知られた護符の呪文が記されている。

また黄金のハゲワシの胸飾りや黄金のハヤブサの胸飾りなど、護符の役目を持つ胸飾りの呪文も書かれている。人が身につけられる大きさの胸飾りやミニチュアがミイラの上に置かれた状態で発見されている。ハヤブサの胸飾りはミイラマスクや棺に表された死者の胸にもよく描かれている。これらは死者を守護する役割を担った。胸飾りの左側には、パピルス柱と呼ばれる護符が2本描かれており、それらは第159章、160章で言及されている。













