【宇美八幡宮】 (1) 「応神天皇御降誕の地」
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福岡県糟屋郡宇美町宇美に鎮座。

神功皇后が三韓征伐からの帰途に応神天皇を産んだこの地に、
敏達天皇3年(574年頃)に応神天皇を祀ったのに始まる。
「宇美」の地名も「産み」に由来する。
平安時代ごろから石清水八幡宮と本末関係となった。鎌倉時代初期から安産の神として信仰されるようになった。
【御祭神】 応神天皇・神功皇后・玉依姫・住吉大神・伊弉諾尊
【宇美八幡宮の紹介】
宇美八幡宮は福岡県糟屋郡宇美町平野部のほぼ中央に位置し、第十五代応神天皇御降誕の地に応神天皇さまを始め神功皇后さま、玉依姫、住吉大神、伊弉諾尊さまをおまつりします。八幡様は殖産文化の祖神として遍く崇敬されておりますが御降誕の聖地におまつりする宇美八幡宮は「安産育児」の信仰が特に篤くたくさんの方が安産祈願や安産の御礼に参拝されます。
ご創建はきわめて古く、当宮に伝わります「伝子孫書」によれば「敏達天皇三年甲午筑紫の蚊田の邑に始めて宮柱太敷建給う。」とあります。平安時代には石清水八幡宮と本末関係にあり安産祈願の守護神として信仰されておりました。江戸時代以降は福岡藩主黒田公より社殿の修復、神領の寄進等がなされ、明治五年村社に列格、明治二十四年には県社に昇格しました。
境内には樹齢二千年と推定される「湯蓋の森」「衣掛の森」を始め数多くの老樟が生い茂り、若葉の季節となれば萌えるような若葉に御神威の新たな息吹を今日に伝えています。
境内には、神功皇后が出産のときにすがりついたという「子安の木」、応神天皇の産湯に使ったと伝えられる「産湯の水」などがある。境内末社・湯方殿の前には「子安の石」と呼ばれる拳大の石が納められており、妊婦は安産を祈願してこの石を持ち帰り、出産後は別の新しい石を添えて返すという風習がある。
◆◆鳥居と参道
▼一の鳥居 (昭和の鳥居)


宇美八幡宮の神紋は「右三つ巴」。
右三つ巴は、忌宮神社と綿津見神社と織幡神社の神紋と同じ。

香椎宮、筥崎宮、宇佐神宮、住吉神社(福岡)、志賀島神社、志式神社の神紋は「左三つ巴」

▼二の鳥居(元禄の鳥居)

▼「八幡宮」の扁額
この「八幡宮」の銘は苓(花)山院御真筆という。

▼阿形の狛犬

▼吽形の狛犬

▼注連掛石(しめかけいし)

▼注連掛石と参道

▼参道の風景

▼参道の大楠

▼神門前の阿形の狛犬

▼神門前の吽形の狛犬

▼神門前の阿形の狛獅子

▼神門前の吽形の狛獅子

▼境内の紅梅

▼境内の白梅

▼境内案内図

◆神門と境内

▼拝殿前の阿形の狛犬

▼拝殿前の吽形の狛犬

▼神馬

◆◇◆宇美八幡宮の拝殿と御本殿
【御祭神】 応神天皇・神功皇后・玉依姫・住吉大神・伊弉諾尊
【「八幡宮」のこと 】・・・『宇美八幡宮のHPの説明文』
全国神社の中で最も多い神社が八幡宮であり、九州の宇佐神宮がその総本社とされています。奈良時代、聖武天皇の天平年中に早くも皇室の厚い信仰を得ていました。清和天皇の御代、宇佐神宮を京都へ勧請し、石清水八幡宮をお祀りし、御冷泉天皇の御代には石清水から鎌倉へ勧請し、鶴岡八幡宮をお祀りしました。
宇佐は十年に一度、石清水へは、毎年勅使が参向し祭が盛大に行われています。御祭神は夫々の神社に依って多少異なりますが応神天皇、神功皇后、比売神をその根本の形としています。
比売姫は、宇佐、石清水では、宗像の三女神である多紀理姫、多紀津姫、市杵島姫とされ筥崎宮では玉依姫の命とされています。お名前は色々な解釈が行われていますが玉が依る大変尊い神徳を備えられた神様を申し上げるとも申されています。
神武天皇の母君である玉依姫のお名前は記紀に見えて居ります。大変神徳の高い神様として崇敬されていたことが伺えます。
祭神の異なった八幡宮として鹿児島の旧官幣大社の鹿児島神宮(祭神は火々出見尊、霧島神宮の父君)は「正八幡宮」と申し上げます。同じく鹿児島県川内市の新田神社は祭神に瓊々杵尊様をお祀りしていますが「新田八幡」と申し上げています。
八は数の多い事を意味し、幡は広々としていることからの言葉で八幡宮は広く神徳をそなえられ一般庶民からのあつい信仰を受けていました。神様といえば八幡様のことであり、八幡様の信仰がいかにあつかったかを物語っているのではないでしょうか。
◆◆拝殿




▼神額 「雖諸州臨照 常住生土地」
(諸州、臨照すと雖も 常に生土の地に住む) 明和改元之冬 玉山敬書
この書の秋山玉山は元禄十五年肥後熊本に生る、熊本藩の有名なる儒者で通称儀右工門、字は子翁(しう)、玉山又は青柯(せいか)と号す。 熊本に時習館を建て学問を奨励した人である。

◆◆御本殿
▼御本殿と拝殿

▼御本殿

▼朱色の透塀の廻廊の外から眺めた御本殿

◆◆聖母宮(しょうもぐう)
御本殿右奥に応神天皇の母である神功皇后の別宮として鎮座されている。
この社殿の中には、室町時代の作と推定される神功皇后の神像(福岡県有形民俗文化財)が納められていて、25年に一度開帳されるという。

▼聖母宮の「神額」

▼聖母宮を護る阿形の狛犬

▼聖母宮を護る吽形の狛犬

◆恵比須社
「聖母宮」の左手に鎮座する境内社の「恵比須社」。御祭神は事代主命(コトシロヌシノミコト)
「事を知る神」として、善悪を判断する力があるとされ、一般的に「えびすさま」と称されて、商売繁昌・開運の神としてお祀りされている。正月には「宇美三日恵比須まつり」が斎行される。

◆武内社
その左に「武内社」が鎮座している。御祭神は武内宿禰命。神功皇后と応神天皇の母子を大臣としての補佐をはじめ、五代もの天皇に仕えて、さらに長寿を誇ったという伝説より、延命長寿、武運長久、厄除の神としてお祀りされている。

◆韓石(からいし)
神功皇后が向こう(朝鮮)から持ってお帰りになったものだと言い伝えられている石

◆◆【湯方社】 (ゆのかたのやしろ)
お産を助けた女官を祀る宮で、御祭神は【湯方殿(ゆのかたどの)】・・・[日本助産婦の祖神]
應神天皇御降誕の際、産婆の役として御功績により、敏達天皇(びだつてんのう)の御世、本宮御創建の時にお祀りされたと伝えられている。



◆◆子安の石と聖母子像
【子安の石】
安産祈願を終えて、“お産の鎮め”としてこの石を預かって持ち帰り、目出度く御出産の際には、別の新しい石にお子様の性別・名前等を書いて、健やかなる成長を願い、安産御礼(初宮詣)の御祈願にてお祓いの後に、預かった石と共に新しい石を添えてお返しをするのが、古くからの慣しとなっている。


【神功皇后と応神天皇の聖母子像】

◆◆子安の木
【御神木の子安の木】
神功皇后が應神天皇を御出産なされる際、この槐(えんじゅ)の枝を折りてこれに取りすがらせ給うと伝わる。

また、『筑前国続風土記』にも、「皇后御産の時、産の宮の槐に取りすがりて、応神天皇を生み給いけると、慈鎮和尚の愚菅抄に見えたり。さればにや、此神社の側に今もこの槐の木有りて、壇を築、めぐりに垣ゆいまわせり。是皇后の執すがらせ拾いし木の実をうへ伝えたりと云う」とある。


◆◆産湯の水
【産湯の水】(うぶゆのみず)
應神天皇御降誕の時、此の水を産湯に用給ひしと伝わる。福岡県重要文化財指定
妊婦の方が拝受して安産を祈り、また産湯に和して産児の成長を祈るという。
また、「産湯の水」標示石の揮毫者は、元内閣総理大臣 広田弘毅で 年齢13歳時の書だそうだ。」境内の左奥(北隅)の「衣掛の森」の近くにある。

















