【宇宙の神秘】 「無」からの宇宙創成
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私たちの宇宙はいったい何から、どのようにしてはじまったのだろう。確立された理論がみちびくものの中で、現在もっとも有力な宇宙創成モデルによると、宇宙は時間も空間もない「無」から泡のように誕生したのだという。
宇宙が「無」から生まれるとはどうゆうことか。宇宙はそこからどうやって今日の姿になったのか・・・
◆◆特異点
宇宙はどのようにはじまったのか。20世紀以降、物理学者たちはこの難問に取り組んできた。
まず、1922年、ロシアの数学者アレクサンドル・フリードマンが、一般相対性理論理論の方程式を宇宙全体にあてはめて、過去から未来に向けて宇宙空間がどのように変化するのかを計算した。
そして一般相対性理論の場の方程式に従う膨張宇宙のモデルをフリードマン方程式の解として定式化した。彼のモデルは彼の死後、1929年にエドウィン・ハッブルの観測によって宇宙膨張が発見されたことで高く評価されることとなった。
イギリスの物理学者、スティーブン・ホーキングとイギリスの数学者・物理学者、ロジャー・ペンローズは1970年、フリードマンの宇宙モデルなどを参考にして、宇宙の時間を過去にさかのぼっていったときの宇宙空間の縮み方を研究した。そして、「一般相対性理論で考える限り、膨張する宇宙を過去にさかのぼっていくと、最終的には大きさがゼロになるまでつぶれてしまわざるをえない」という結論に至った。(特異点定理)
この最後の点は「特異点」とよばれる。
「特異点」では体積はゼロであり、物質の密度と温度が無限大になるという。
特異点では物理学の計算結果に無限大が現れ、破綻してしまうため、宇宙のはじまりを科学的に解き明かすことができなくなってしまう。
一般相対性理論では「特異点」の問題を避けられないため、この理論だけでは宇宙の誕生の謎にせまることができないと考えられるようになった。
◆◆「ゆらぎ」から生じた宇宙
一般相対性理論だけでは、宇宙誕生の瞬間にせまれない。
そこで登場するのが「量子論」である。
量子論は一般相対性理論と同様20世紀初頭に誕生した理論で、現代物理学の柱となっている。
この理論は、ミクロの物質のふるまいなどを説明する。
このため誕生の時期の宇宙を考えるときは、必要とされる理論と考えられた。
◆◆ 宇宙誕生と「真空のゆらぎ」
量子論の「不確定性原理」によると、ミクロな視点で自然界を見ると、我々が認識できないようなごく短い時間では、物質が「ある」、「ない」という存在自体も定まらなくなるという。
何もないはずの真空中でも、二つの粒子がペアになって生まれたかと思えば(対生成)、すぐに消滅するという(対消滅)。
▼対生成と対消滅
空間のエネルギーもゼロのままではいられない。ミクロ的なごく短時間で見ると、場所ごとのエネルギーの大きさの値はそれぞれ一つに定まることがなく(エネルギーと時間の不確定関係)、非常に高いエネルギーをもつ場合もある。
このように、物理的な状態が1つに定まらないことを「ゆらいでいる」という。
相対性理論によると、エネルギーは物質の質量に転換可能である。
このため、瞬間的に高いエネルギーをもった場所では、そのエネルギーが粒子に変わり、粒子が生まれることができる。しかし、できた粒子はすぐに消滅して元の状態にもどる。
この真空での粒子の対生成、対消滅と同じようなことが宇宙が誕生するときにも起こっていたようなのだ。
宇宙の大きさが10のー33乗㎝より小さいときには宇宙の存在自体がゆらいでおり、宇宙自体が生成、消滅を繰り返していたのではないかと考えられているのである。
この「ゆらいだ状態」のなかで、小さな宇宙の粒子の卵がうまれ、すぐに消えていく・・・
しかしごくまれに、そんな卵の一つが消滅しないで、膨張をつづけ、これが我々の宇宙になったのだと考えられた。
◆◆エネルギーの山 (障壁)をこえる「トンネル効果」
量子論にもとづいた現象に「トンネル効果」がある。
宇宙の誕生には大きな“障壁”が立ちはだかっており、この“障壁”を超えてようやく宇宙は誕生するという。
この“障壁”をこえるときに、「トンネル効果」が起きたと考えられている。
量子論があつかうミクロな世界では、本来なら越えられないはずの高い山のような“障壁”があっても、その山をこえられる現象が起こりえるという。
ごく短い時間では、エネルギーの大きさは不確定になる。そのため粒子が瞬間的に非常に大きな運動エネルギーをもつ場合がある。
ミクロの世界で、一時的にこのような“スーパーエネルギー粒子”になると、本来はこえられないはずの高い“山”をこえて、“山”の向こう側に行くことができる。あたかも、粒子がいつのまにか“山”をすり抜けて、向こう側に辿りついたかのようにも見えるので、この現象を「トンネル効果」という。
◆◆トンネル効果(quantum tunneling)
トンネル効果(quantum tunneling)は、非常に微細な世界にある粒子が、古典的には乗り越えることができないポテンシャル(エネルギー)障壁を、量子効果すなわち、時間とエネルギーとの不確定性原理により乗り越えてしまう(透過してしまう)現象。量子トンネル効果ともいう。
1928年にジョージ・ガモフとガーニー=コンドンがそれぞれ独立に原子核におけるアルファ崩壊をトンネル効果により説明した。また、同年にはロバート・オッペンハイマーが電界イオン化について、ファウラー=ノルトハイムが電子の電界放出について、同様の説明を行っている。
◆高い壁の向こう側に、手に持っているボールを投げる場合を考える。普通であれば、その壁を越える高さまでボールを投げることが必要になる。つまり、壁の高さに相当する位置エネルギーよりも大きな運動エネルギーを、ボールに与える必要がある。壁の高さに届くようにボールに運動エネルギーを与える事が不可能な場合、その壁は「古典的には乗り越えることができないポテンシャル障壁」となる。
しかし量子力学の世界においては、ボールを壁の高さまで投げることができないのに、ボールを壁の向うに投げる事ができてしまう。あたかも壁にトンネルが存在し、ボールが壁をすり抜けるように見えるため、この現象はトンネル効果と呼ばれている。
▼量子論の「トンネル効果」のイメージ
◆これは、粒子の波動関数がポテンシャル障壁の反対側まで染み出してしまうことによる。量子力学では粒子は同時に波としても扱われる。波であれば、壁の向う側にも回折によって届くのである。壁の向こう側にボールを投げることはできなくても、壁の向こう側に声を届かせることはできる。これは声は音波という波だからである。だから粒子を波と見なせる場合、粒子もまた壁を越えることができる。
▼粒子の波動関数がポテンシャル障壁の反対側まで染み出す。
◆◆虚数時間
ビレンキン博士やホーキング博士たちの仮設によると、宇宙が誕生した瞬間には、さらに不思議なことがおきていたようだ。“無”がトンネル効果を使って急膨張する宇宙に転じるということは、必然的に、ある奇妙な時間が流れていたことになるという。
その時間とは「虚数の時間」である。
量子論では、計算のテクニックとして、この虚数時間が使われていた。
虚数は実数とは異なる性質をもつ。実数はゼロ以外のどの数を2乗しても答がプラスになるが、虚数はどの数を2乗しても、答がマイナスになる。
では、虚数の時間が流れる世界は、実数時間の世界とは何が異なるのだろうか。
虚数時間の世界では、力を受けた物体の運動する向きが実数時間とは逆になる。つまり、実数時間の世界で、球が坂を自然に下る運動は、虚数時間の世界では、球が坂を自然に上がる運動になる。
違う見方をすれば、実数時間の世界では上り坂だった坂が、虚数時間の世界では下り坂とみなせるのである。
これを宇宙誕生の瞬間にあてはめて考えてみると、生成してすぐに消滅する宇宙の“卵”が、急膨張する宇宙に転じるために、越えるべき高い“山(エネルギーの障壁)”は実質的に“谷”になる。
そのため宇宙の卵は、この“谷”を通って急膨張する宇宙に難なく転じることができる。
つまり、虚数時間が流れていたと仮定することで、宇宙創成時のトンネル効果を自然に説明できることになるという。
一般的なトンネル効果について計算するときに虚数時間が登場することはあるが、これはあくまで計算上のテクニックにすぎない。(流れている時間は虚数時間ではない。)
これに対して、宇宙誕生時にトンネル効果がおこるときには、虚数時間という時間が流れていたと解釈されている。
宇宙が誕生した瞬間、虚数の時間が流れていたと仮定すると、宇宙の卵に立ちはだかっていた“山”は、“谷”とみなせる。宇宙の卵は“谷”を下って楽に、“谷”の向こう側に行き着くことができる。そこまで行き着いた宇宙の卵は急膨張をはじめることになる。
◆◆無境界仮説
一般相対性理論のみで導かれた宇宙誕生モデルと、ビレンキン博士やホーキング博士が量子論を取り入れて考えた宇宙誕生モデルでは、結局どのようにちがっているのだろう。
一般相対性理論のみで導かれたモデルでは、宇宙のはじまりは「特異点」という1つの点になった。この特別な点では物理学の計算が破たんするため、宇宙誕生の瞬間を解明することができなかった。
この問題を「虚数時間」が解決してくれることになった。
空間の中は自由に行き来できるが、時間は過去から未来への一方向にしか進めない。つまり、実数時間の世界では空間と時間のあつかいは異なる。
ところが、虚数時間が流れる世界では、計算上、空間と時間を同じレベルで扱えるというのだ。
宇宙のはじまりで、空間と時間が同等になると、宇宙のはじまり計算不可能な特異点ではなくなり、ほかの時期の宇宙と何ら区別されない、ということになるという。
これにより特異点は消失する、というのが無境界仮説の主張である。
左が従来の考え方。時間は下から上に流れている。青色は「宇宙」を表している。
先端の尖った1点(特異点)から宇宙が始まり、膨張している。
右が「無境界仮説」で、宇宙の始まりには虚数時間が流れていて、先端が尖っていない。つまり「特異点」は消失している。
先端が丸くなっていて、どの部分も同じ様になっている。つまり「端」が無いので「無境界仮説」という。
◆ 「宇宙のトンネル効果」について
ミクロの世界の粒子は、非常に短い時間の間にエネルギーの壁を通り抜けることができる。これを「トンネル効果」という。コンピューターのIC(集積回路)を流れる電子も、このトンネル効果によって制御されている。
ビレンキンはこのトンネル効果が、宇宙の誕生に深く関わったと考えた。時間も空間も物質もエネルギーの0の「無」の状態(0)からエネルギーの壁をトンネルして、有限の長さをもった宇宙が突然生まれました(H)。このとき宇宙は三次元の果てのない閉じた空間をもち、その直径は量子論的に許される最小の長さ、10の-34乗cm。また時間は量子論的に許される最小の10の-44乗秒から突然はじまったとされる。
◆◇◆“無”からの宇宙創成モデル
ウクライナ共和国出身でアメリカ国籍の物理学者アレキサンダー・ビレンキン博士は量子論を取り入れた新しい宇宙誕生モデルを提唱した。
ビレンキン博士の仮説では、宇宙が誕生するときには、宇宙の“卵”自体が生まれたり、消えたりを繰り返していたようだ。
この宇宙の卵が我々の宇宙の姿になるためには、急激に膨張しなければならない。
ビレンキン博士は、宇宙の卵の運命はその大きさにかかっていると考えた。
すなわち、小さければ、宇宙の卵はすぐにつぶれ、はかない運命をたどる。
しかし、ある程度大きければ、急激に膨張する。
宇宙の卵が、自然に急膨張を開始できるサイズまで大きくなるには、その過程で大きな大きなエネルギーが必要である。つまり、“エネルギーの山(障壁)”をこえなくてはならない。
ビレンキン博士は、ここで、あの量子の「トンネル効果」を利用するというアイデアをひらめいた。
「われわれの宇宙は、宇宙の卵がトンネル効果を使って“山”をこえ、はかない運命の宇宙から急膨張する宇宙に転じて生じたものだ」と考えたのである。
◆◆ “無”からの宇宙創成
ビレンキン博士はさらに思考を続けた。
「はかない運命の宇宙の卵が、急膨張する宇宙に転じるには、最低でもどれくらい大きさが必要になるのだろうか。大きさをどんどん小さくしていったら、何がおこるのであろうか」
そして、驚くべき結果を得た。
何と、宇宙の卵の大きさがゼロであってもトンネル効果がおこる可能性はゼロではなかったのである。
むしろゼロにした方が計算は単純になった。
この結論から1982年、ビレンケン博士は、われわれの宇宙は空間も時間も何もない「無」から生まれた、という仮説「無からの宇宙創成」を発表した。
この“無”はたえずゆらいでおり、超ミクロな宇宙が生まれては、すぐに収縮して消えていく。しかしこの超ミクロな宇宙の中には、運よく膨張(インフレーション)できるものがあり、その宇宙がわれわれの宇宙になったと考えられるという。
ビレンキン博士の理論のバックボーンは、インフレーションで急膨張する前の宇宙、真空のエネルギーを手に入れた世界を量子理論で考察したものである。量子宇宙論とも呼ばれる宇宙創生の理論的予測である。
そこでは、量子の世界を記述する際に使われるトンネル効果が宇宙創生をもたらしたと述べられている。
量子の世界ではエネルギーもサイズもゆらぎの世界とみなせる。大きさが無い、無の状態から、大きさを持つ宇宙がトンネル効果で生まれ、その際に獲得されたエネルギーが真空のエネルギーとして、インフレーション宇宙へと移行する原動力となる。
◆◇◆「無」からの宇宙創成の歴史
「無」から誕生したあとの宇宙では、いったいどんなことがおきていたのだろうか。
宇宙の年齢は、約138億年といわれる。気の遠くなるような長い年月を経てきた宇宙だが、星やガスなどの、宇宙からのあらゆる物質の材料がそろったのは、誕生からわずか1秒後であったという。
◆◆1秒という短い時間で・・・
◆誕生から10の-36乗秒~10の-34乗秒後の急膨張
宇宙空間はすさましい勢いで急膨張した(インフレーション)。
一瞬の間に宇宙の大きさが10の-26乗㎝から100mに巨大化した。
宇宙では誕生直後、「インフレーション」とよばれる急膨張が起きたと考えられている。
理論モデルによって、このときの膨張の程度に何十けたも差があるが、大ざっぱにいえば、砂粒が一瞬のうちに数百億光年の大きさまで膨張したと考えられている。
ここでいう一瞬とは、1秒の1京分の1の、そのまた1京分の1以下という超超短時間である。
この急膨張が、いかにすさまじい膨張かが想像できるだろう。
◆10の-27乗秒後、ビッグバンのはじまり
物質をつくる素粒子が爆発的に生まれた。素粒子は激しく飛びまわっており、宇宙は灼熱状態であった。
火の玉状態の初期には、陽子も中性子もバラバラになっており、陽子と中性子の構成要素である「クォーク」が空間を飛び交っていた。
すさまじい膨張のエネルギーは、やがて素粒子と光に転換されていった。このとき誕生した素粒子の種類は100種類以上にももぼると考えられており、宇宙は高温・高密度の状態(ビッグバン)になった。
このときの宇宙の温度は何と、10の23乗℃ほどの高温であったと考えられている。
◆10の-10乗秒後、粒子が反粒子より多くなった。
10の-10乗秒後のどこかで、「対称性の自発的破れ」により、粒子が反粒子よりわずかに多くなった。
このため、反粒子は4秒後までに消失する。
ビッグバンのあと、宇宙の温度はどんどん下がっていき、粒子がさまざまなふるまいをするようになる。
当初は、粒子とともにペアの反粒子も誕生(対生成)したが、すぐに消滅(対消滅)したりをくりかえしていた。
そして、「対称性の自発的破れ」によって、わずかに多くなった粒子だけが残るようになった。
◆10の-5乗秒後、陽子と中性子ができた。
宇宙誕生後10の-5秒後には、「クォーク」が結びついて、陽子と中性子ができた。
◆1乗秒後の宇宙
10万分の1秒後、陽子と中性子ができた。
1秒後の宇宙にあったのは、陽子・中性子・電子・陽電子(電子の反粒子)であった。
こうして、宇宙誕生から1秒後には、原子の材料となる陽子、中性子、電子がそろった。
◆3分後の宇宙
3分後、陽子と中性子が2個ずつ集まって、ヘリウム原子核ができた。
陽子はそのままで、水素の原子核になった。
◆38万後の宇宙・・・原子の誕生
宇宙誕生から38万年後になると、原子核に電子がとらえられて水素原子やヘリウム原子が誕生した。
これにより、電子にぶつかってまっすぐ進めなかった光が直進できるようになった。(宇宙の晴れ上がり)
つまり、われわれが観測できる宇宙はここから先の宇宙である。