【宇宙の神秘】 ビレンキン博士が語る「無からの宇宙創成」
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Alexander Vilenkin
アメリカ、タフツ大学物理天文学科のアレキサンダー・ビレンキン博士(1949~)。
旧ソビエト連邦ウクライナ共和国生まれ。その後アメリカに移住。
1982年に発表した「無からの宇宙創成」は学界はもとより、一般の人々にも大きな反響をよんだ。宇宙創成論やインフレーション宇宙論などの研究を行っている。
大きさゼロの“無”から生まれたという宇宙。ビレンキン博士が考える“無”とは何か?
そして「無からの宇宙創成」は1982年の発表からどのような進化をとげたのか?
人類が太古の時代から思いをはせてきた宇宙のはじまり。その謎にビレンキン博士がせまる。
(2003年11月)
Q: “無”とは何を意味しているのですか?
Vilenkin:
“無”とは、物質がないだけでなく、空間も時間さえもない状態のことです。部屋からすべてのものを外に出したとしても、それは“無”ではありません。まだ、空間がありますから。
また、“無”の前にはどんな時間もありません。いってみれば、この宇宙がはじめて現れたときに、時間が始まったのです。
Q: “無”から、非常に小さいとはいえ宇宙が生まれるとは、非常に不思議です。
Vilenkin:
私は、この大きさゼロの“無”から宇宙が創造される確率を計算してみました。すると、その確率がゼロにならず、有限の確率になることに気づいたのです。
◆真空のエネルギーは、宇宙を膨張させる反発力を生む
Q: 創造された非常に小さい宇宙は、その後どうなるのでしょう?
Vilenkin:
創造された非常に小さい宇宙は、非常に高いエネルギー状態であり、風変わりな性質をもっています。
真空がつくりだす力が反発力として作用するのです。通常の物質がつくりだす重力は引力ですから、宇宙空間を引き寄せて収縮させようとします。
逆に、真空の反発力は小さい宇宙空間を急激に膨張させるのです。(インフレーション)
たとえば、地球の重力が反発力だったら何がおきるでしょうか? 石を地球に向けて投げると、石は跳ね返され上昇しはじめることでしょう。真空がつくる反発力はこれと似ています。
Q: なぜ真空が反発力を生み出せるのですか?
Vilenkin:
量子力学によると、真空は“空っぽ”からはほど遠いのです。
真空では、粒子がパッと飛び出て、消滅するということがくりかえされています。
たとえば、水は氷にもなれますが、そのエネルギーは水と氷で異なります。
同じように、素粒子物理学によると、真空にもさまざまなエネルギー状態があります。
その真空のエネルギーが、宇宙空間を膨張させる反発力を生むのです。
◆生れたての小さな宇宙が急膨張し広大な宇宙に
Q: 真空に対して、「何もない、そして何も影響をおよぼさない」という私たちがふつうにもつイメージは、現代物理学では通用しないのですね。
では、「無からの宇宙創成に」という考えにいたった経緯について教えてください。
Vilenkin:
この論文は、アラン・グース博士(ほかに佐藤勝彦博士ら)によってインフレーション宇宙論が発表されたあとすぐあとに発表しました。
Q: インフレーション宇宙論は、小さな宇宙が10の数十乗分の1秒というまさに一瞬のうちに、大きさが何十けたも急膨張した、という理論ですね。
Vilenkin:
「無からの宇宙創成」のアイデアは、インフレーション宇宙論がなければ成り立ちません。
もし非常に小さい宇宙が“無”から生まれたとしても、私たちが住む広大な宇宙に成長するためには、インフレーションが必要なのです。“無”の中で、あらわれたり消えたりする空間の小さな“泡”のうち、十分な大きな泡がインフレーションによって広大な宇宙になるのです。
Q: 無からいきなり広大な宇宙が生れることはありえないのですか?
Vilenkin:
たとえば、温度のゆらぎ(不均一さ)を考えてみてください。非常に小さなある領域で一斉に温度が上がることはありえます。しかし、より大きな領域で一斉に温度が上がる確率はより小さくなります。同じように、非常に小さな宇宙が創造される確率はあったとしても、広大な宇宙が創造される確率は実のところゼロなのです。
◆宇宙創成論の完成には「量子重力理論」が必要
Q: “無”のゆらぎから生まれる宇宙の場合も、大きなゆらぎは起きにくいわけですね。
では、宇宙創成論はその後どう発展したのでしょうか?
Vilenkin:
最初の論文では、私は非常に単純で対称的な形をした宇宙のモデルを考えました。その後は、一般的な場合での宇宙創成論について挑戦してきました。
Q:一般的な場合まで拡張した宇宙創成論を完成させることは、近い将来にできるのでしょうか?
Vilenkin:
ミクロの現象を説明する「量子論」とマクロの世界を重力理論である一般相対性理論を統一する理論である「量子重力理論」がまだ完成していないので、私の宇宙創成論もまだ部分的な議論にとどまっています。
現在、私たちは量子重力理論の近似的な理論をもっているだけなのです。
現在では、量子重力理論の候補として「超弦理論」があります。しかし、それもまだ完全な理論ではありません。完全な宇宙創成についての理論は、量子重力理論ができるまで待たなければならないでしょう。
完全な量子重力理論がが完成すれば、おそらく“無”が何であるかについても、よりよいイメージを得ることができるでしょう。
Q:「無からの宇宙創成論」は研究者以外の一般の人々からも反響があったのではないですか?
Vilenkin:
私の論文には一般からも多くの興味が寄せられました。驚いたのは神が宇宙を無から創造したと主張する人たちの反応です。私は当初、彼らが私の理論を喜ぶと思っていました。科学理論もまた宇宙は“無”から生まれたといっているのですから。しかし実際は、彼らの多くは私の理論をまったく喜びませんでしたね。
Q:自発的に宇宙が生まれると、ビレンキン博士が主張しているからでしょうね。
Vilenkin:
宇宙がなかったとしても、私が理論に使った物理法則のいくつかは“存在”します。
たとえば、アインシュタイン方程式は宇宙の創造の前に“そこ”にあったのです。
◆インフレーションは永久につづく
Q:宇宙もやはり物理法則にしたがって誕生した、ということですね。宗教でしか語られなかった宇宙創成に、ついに科学がせまってきたという感じがします。
さて、科学理論は、何らかの予言を行い、実験や観測によってそれを検証する必要があるとよくいわれます。
宇宙創成の正しさを検証することは可能でしょうか?
Vilenkin:
はじめ私はこの理論は少なくても原理的には検証可能だと考えていました。しかしその後、量子重力理論は宇宙創成を解明しても予言はできないのではないか、と考えるようになりました。
宇宙は創造されたときの状態がどのようなものであったとしても、それを“忘れて”しまっているからです。
Q:“忘れる”とは宇宙創成のときの情報が今では失われているという意味ですね。
なぜ“忘れる”のですか?
Vilenkin:
論文を書いた1年ほど後、私は宇宙創成の後のインフレーションが永遠であることに気づきました。インフレーションは決して完全には終わらないのです。
Q:私たちの宇宙では空間の急激な膨張は観測されていませんから、インフレーションは終わっているのではないのですか?
Vilenkin:
インフレーションは宇宙のすべての場所で一度に終わるわけではないのです。
ある領域でインフレーションが終了しても、宇宙全体ではインフレーションは終わらないのです。
これが「永久インフレーション」です。
今現在でさえ、遠い領域ではインフレーションがつづいているのです。
インフレーション理論にはさまざまなモデルがありますが、特殊な場合をのぞいてすべてのインフレーションモデルは永久インフレーションである、というのが広く一致した意見です。
Q:インフレーションが終了した領域では何がおきるのでしょうか?
Vilenkin:
インフレーションが終わると、インフレーションを起こしていた真空のエネルギーが熱にかわり、多くの素粒子を生み出します。
これがインフレーション理論での「ビッグバン」(灼熱宇宙)です。
この領域では、最終的に銀河が形成されたりします。
Q:膨大な宇宙があり、私たちはその中のインフレーションが終了した、ごくごく一部の領域に住んでいるということですね。
Vilenkin:
永久インフレーションのために、私たちは宇宙のはじまりから、はるか遠くにはなされていることになります。
ですから、宇宙の初期状態がどのようであったとしても、私たちが住む領域ではその情報は完全に消し去られていることでしょう。
Q:それが、宇宙創成論は観測によっては検証できないと、ビレンキン博士が考えている理由なのですね。
◆宇宙には私たちの世界と同等の世界が無限にある
Vilenkin:
インフレーションが永久につづくとなると、次の疑問がわいてきます。「もし未来に向かってインフレーションが永遠であるなら、過去に向かっても永遠なのではないのか?」と
Q:つまり「宇宙は無限の過去から存在のか?」という疑問ですね。
Vilenkin:
しかし、私たちはグース博士らとともに、過去への永久インフレーションは不可能だと証明しました。過去においてはある種の“はじまり”が必要なのです。
Q:2001年に博士は「宇宙には“世界”が数多く存在する」という説を発表されています。
その中では「宇宙の別の領域では、2000年のアメリカ大統領選で敗北したアル・ゴアが大統領になっていたり、亡くなったロック歌手のエルビス・プレスリーがまだ生きている世界がある」と、面白い表現をされていますね。
Vilenkin:
[宇宙」(Universe)の定義は人によって色々ですが、観測可能な宇宙、つまり私たちに見える領域のことを私は「O領域」(オー領域)とよんでいます。
Oはobservable(観測可能な)のOです。
私たちにとってのO領域以外にも、宇宙の他の部分には、そこに住む観測者によって観測可能な同じようなサイズのO領域があるのです。
私たちはビッグバン以降、光が届くことができる距離をこえてその先を見ることはできません。
これがO領域です。
そして、そのようなO領域は、永久インフレーションの宇宙には無限に存在するのです。
Q:
私たちが見ている世界、O領域は宇宙のほんの一部であって、同じような“世界”が、ほかに無限にあるかもしれないということですか・・・。
壮大なスケールのお話ですね。ありがとうございました。