吹上浜と開聞岳と露天風呂
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▼吹上浜

▼開聞岳と露天風呂

夏の仕事が一段落したので、久しぶりに鹿児島へ長距離ドライブ・・・
8月31日、まずは鹿屋付近まで行き、車中泊。
9月1日は早朝から鹿屋市吾平町の吾平山上稜を参拝。
次に、神武天皇が大和地方平定のため、柏原の港より御出航されたという言い伝えがある志布志石油備蓄基地近く東串良漁港の丘にある柏原の戸柱神社の「神武天皇御発航伝説地」石碑を見学。
次に南さつま市の吹上浜へ。最後に開聞岳の見える指宿の露天風呂へ。
いい気分転換と休養だった。
◆◆吹上浜
吹上浜(ふきあげはま)は、鹿児島県西部のいちき串木野市・日置市・南さつま市にかけての砂丘海岸。日本三大砂丘の一つとされている。
日本の渚百選にも選定されている。薩摩半島西岸に位置し東シナ海に面し、長さ約47kmの砂丘は日本一の長さ。
吹上浜一帯は、1953年に県立自然公園に指定された。

北部の砂浜は狭く海岸付近までシラス台地の崖が迫っているが、南部は広大な砂丘となっている。内陸部には砂丘によって海から切り離された薩摩湖や正円池などの海跡湖がある。南部の万之瀬川河口周辺には干潟が広がっている。
吹上浜が長大な砂浜となったのは、薩摩半島北部に浸食されやすいシラスが大量に分布しているためである。北部及び中部では海岸の浸食が進み、南部では堆積が進むことで長い弓形の海岸線が維持されている。南部の砂丘は縄文海進の時代に形成された旧期砂丘と、弥生時代以降に旧期砂丘上に被さるようにして形成された新期砂丘に分けられる。新期砂丘形成には新田開発による流出土砂が関与していると考えられている。
◆吹上浜拉致事案(鹿児島県)
1978年(昭和53年)8月12日鹿児島県日置郡、吹上浜キャンプ場で北朝鮮の工作員に拉致されたとされる事案。
電電公社職員、市川修一(1954年(昭和29年)10月27日 - 当時23歳)、鹿児島の事務員、増元るみ子(1953年(昭和28年)11月1日 - 失踪時24歳)
北朝鮮側の説明によれば、2人は1979年7月(2002年10月の報告では「1979年4月」としていたが後に訂正)に結婚したが電電公社職員、男性は1979年9月という涼しい時期に海水浴場で心臓麻痺により死亡。鹿児島の事務員女性は1981年に27歳の若さで心臓麻痺で死亡したとしている。しかし、北朝鮮側は、両人とも遺体が洪水で流失したとしており、遺体の確認はなされていない。一方、北朝鮮元工作員・安明進は、北朝鮮が死亡したとした日時の後、1988年から1991年にかけて「何回も二人を見た」と証言している。


































