セルビア(5) ユーゴスラビア歴史博物館 【チトーの霊廟・花の家】
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◆セルビアの旅

【2017年7月12日(水)】・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ベオグラード市内観光
①聖サヴァ大聖堂
②ベオグラード要塞(カレメグダン城址公園)
③ユーゴスラビア歴史博物館 【チトーの霊廟・花の家】
セルビアは、南東ヨーロッパ、バルカン半島中西部の内陸に位置する共和制国家。かつてのユーゴスラビアに属した地域の中央に位置しており、政治的にもその中心となる国であった。首都であるベオグラードは、ユーゴスラビア誕生以来2006年にセルビア・モンテネグロが解体されるまで一貫して連邦の首都であった。2006年6月3日のモンテネグロの分離独立に伴い独立宣言をした。セルビア内のコソボ・メトヒヤ自治州がコソボ共和国として事実上独立状態にある。
人口は約900万人。コソボを除くと約730万人。
【セルビアの歴史】
6~7世紀 セルビア人等スラブ系民族がバルカン半島に定住。
11世紀 セルビア王国建国,14世紀のドゥシャン王の時代に大いに栄える。
1389年 オスマン・トルコに敗北し,その支配下となる。
1878年 ベルリン条約によりセルビア王国の独立承認。
1918年 第一次世界大戦後,「セルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国」
(後,ユーゴスラビア王国)建国。
1941年 第二次世界大戦中,ナチス・ドイツによる占領。ユーゴスラビア王国消滅。
1945年 「ユーゴスラビア社会主義連邦共和国」(6共和国で構成)の1共和国となる。
1992年 ユーゴ解体の中で,モンテネグロとともに「ユーゴスラビア連邦共和国」を建国。
1999年 コソボ紛争により,NATO空爆を受ける。コソボが国連の暫定行政下となる。
2003年 「セルビア・モンテネグロ」に国名変更。
2006年 モンテネグロの独立(6月)により,「セルビア共和国」となる。
2008年 コソボがセルビアからの独立を宣言(2月)。
2014年 EU加盟交渉開始(1月)。

◆ベオグラード Beograd
ベオグラードは、セルビア共和国の首都であり、最大都市である。ベオグラードはバルカン半島、パンノニア平原の中にあり、ドナウ川とサヴァ川の合流地点に広がっている。
かつてはユーゴスラビア社会主義連邦共和国の首都であり、人口は約180万人であり、旧ユーゴスラビア地域で最大の都市である。ベオグラードは、2006年にセルビアが独立するまでの間、ユーゴスラビア王国、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国、ユーゴスラビア連邦共和国、セルビア・モンテネグロの首都を歴任した。
▼ユーゴスラビア歴史博物館 【チトーの霊廟・花の家】の位置

◆ベオグラード市内中心部から歴史博物館へ
▼共和国広場 Republic Square
共和国広場のシンボル的存在のミハイル公の騎馬像
像の背後は国立博物館

▼新宮殿 New Palace
新宮殿は現在セルビア大統領官邸として使用されている。
立派な建物で、手前にはベオグラード市庁舎が入っている旧宮殿があり、公園を挟んで反対側には国会議事堂があるので、このエリアは、まさに政治の中心部である。


▼旧宮殿 Old Palace
ベオグラード市庁舎(市議会)が入っている旧宮殿

▼国会議事堂 National Assembly



◆ユーゴスラビア歴史博物館
Museum of Yugoslav History
ベオグラードの中心部からバスで10分程行ったところにユーゴスラビア歴史博物館がある。この博物館にはユーゴスラビア建国の歴史を綴ると共に、ユーゴスラビア連邦のカリスマ的指導者と言われたヨシップ・ブロズ・チトー大統領の霊廟「花の家」がある。
ユーゴスラビア歴史博物館には、「花の家」の【チトーの霊廟】、「5月25日博物館」、「旧博物館」、の3つの棟がある。
▼「5月25日博物館」 25 May Museum



◆まずは「花の家」のチトーの霊廟へ



▼チトー大統領の像






◆ 花の家 『House of Flowers』
【ヨシップ・ブロズ・チトー大統領の霊廟】
温室のような屋根のある建物。植物が茂っており、とても静かな空間が広がっていた。
生前のチトー大統領は温室を愛したらしく、死後彼が望んだように花々に囲まれた霊廟が設計されたようだ。中は温室のようにちと暑かったが、建物はシンプルでお洒落で素敵だった。













チトーというのは、実は本名ではない。ヨシップ・ブロズ(Josip Broz)が本名。
「チトー(Tito)」という名前は、「お前(Ti)があれ(to)をしろ」という強制的な言動が多かったことから、そう呼ばれるようになったらしい。

▼チトー大統領の執務室

▼チトー大統領は、旅行好きで、お召列車を使って移動していた。



▼何だかわからなかったが、バトン・コーナーらしい


リレー競技で、選手が受け渡していく様々なバトンの群れらしい。
▼『The Youth Relay Baton』というバトン。
旧ユーゴ時代では、チトーの誕生日の5月25日に【Relay of Youth(若者のリレー)】という行事があり、ユーゴ国内の各民族・地域の若者がリレー形式でバトンを渡しあうという、ユーゴスラビアとしての団結力を高めるイベントがなされていた。



▼1980年のチトー大統領の葬儀の写真


翌年1992年には、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が起こり、チトー大統領の死後約10年程で旧ユーゴは解体してしまった。
残ったセルビアとモンテネグロとで、ユーゴスラビア連邦共和国が設立され、新ユーゴとなったが、1998年にコソボ紛争が起こり、2006年モンテネグロがセルビアから分離独立した。
NATO軍及びアメリカ軍のセルビア空爆を招いた後、コソボも2008年に独立を宣言した。
ユーゴスラビア社会主義連邦共和国からセルビア共和国へ至る歴史も、チトー亡き後は、波乱万丈だった。


【花の家】を出た後は、次の展示場である旧博物館【Old Museum】に向かう。



◆旧博物館【Old Old Museum】見学
ここは旧ユーゴのものというよりは、各国の民族・文化資料の展示といった感じ。



































