【世界の砂漠】 ナバタ王国のブラック・ファラオのピラミッド
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ヌーリ遺跡 【ナバタ王国のブラック・ファラオの王墓群】
◆朝、カリマのホテルを出発。4WDに分乗し、25km先のヌーリ遺跡へ。
現在33のピラミッドが残るヌーリ遺跡に到着。

◆ヌーリ遺跡
現代ではスーダン領となっているヌビア地域では古代に3つのクシュ文明が栄えた。最初はケリマ(カーマ)に都し(B.C.2600-1520)、つぎにナパタ(B.C.1000-300)、最後にメロエを都とする王国 (B.C.300–A.D.300) が成立した。
ナパタ後期のピラミッドはヌビア上流のナイル西岸ヌーリに遺跡として残っている。
ヌーリ遺跡最古にして最大のピラミッドはナパタ王にしてエジプト第25王朝ファラオでもあったタハルカのものである。
この広大な墓所にはアンラミ王、アスペルタ王を含む21人の王とその妃、王子たちの墓もあり、現在33のピラミッドが残っている。

◆タハルカ王の墓
タルハカ王の墓は歴代の王家の墓が残るクッルではなく、ヌーリに造られた。(B.C.690年)
死者の再生を信じる太陽信仰に基づき、古代エジプトの元日の日の出の時、ジェベル・バルカルの山頂から見ると、タルハカ王のピラミッドは昇る太陽と一直線に結ばれる位置にある場所に造らせたという説がある。


◆アスペルタ王
アスペルタ王はエジプトを統一していた最後のブラック・ファラオで、墓は風化により、かなり変形している。


◆ヌーリ遺跡の砂丘とピラミッド
古代ヌビアのブラック・ファラオの世界にタイム・トリップしたような贅沢な風景をじっくり堪能した。
▼ヌーリ遺跡のピラミッド①

▼ヌーリ遺跡のピラミッド②

▼ヌーリ遺跡のピラミッド③

▼ヌーリ遺跡のピラミッド④

▼ヌーリ遺跡のピラミッド⑤

▼ヌーリ遺跡のピラミッド⑥

▼ヌーリ遺跡のピラミッド⑦

▼ヌーリ遺跡のピラミッド⑧

▼ヌーリ遺跡のピラミッド⑨

▼ヌーリ遺跡のピラミッド⑩

◆ヌーリからオールド・ドンゴラへ
ヌーリからオールド・ドンゴラまで175km。結構長い。ヌーリ遺跡見学が終り、オールド・ドンゴラへ走る。走行距離175km。
オールド・ドンゴラの遺跡入口に12時30分到着。

▼ヌーリからオールド・ドンゴラへ①

▼ヌーリからオールド・ドンゴラへ②

▼ヌーリからオールド・ドンゴラへ③

▼ヌーリからオールド・ドンゴラへ④

▼ヌーリからオールド・ドンゴラへ⑤

▼ヌーリからオールド・ドンゴラへ⑥ 道路からイスラム廟が見えた。

◆ドンゴラ遺跡
6~8世紀にかけて栄えたヌビア・キリスト教の拠点となったムカッラ王国(マクリア王国)の都ドンゴラ遺跡を観光する。モスクになった教会や破壊された教会跡やイスラムの城塞跡を見学。最後にイスラムの墓地と大きな廟を見学した。
◆モスクに造り変えられ元コプト教会
6~8世紀にかけて栄えたヌビア・キリスト教の拠点となったムカッラ王国(マクリア王国)。
これは14世紀にモスクに造りかえられた元コプト教会。まるで城塞。


◆ムカッラ王国(マクリア王国)の都ドンゴラ遺跡のコプト教・教会跡
6~8世紀にかけて栄えたヌビア・キリスト教の拠点となったムカッラ王国(マクリア王国)の都の跡。
イスラムの進攻で破壊され、イスラム城の建材として使われた教会の跡。
廃墟の中には十字架(ヌビア十字)の彫刻のある柱も残っている。
▼ヌビア・キリスト教の拠点となったムカッラ王国(マクリア王国)の教会の跡①

▼ヌビア・キリスト教の拠点となったムカッラ王国(マクリア王国)の教会の跡②

▼ヌビア・キリスト教の拠点となったムカッラ王国(マクリア王国)の教会の跡③

◆イスラムの城塞の跡
13世紀頃からイスラム化が激しくなり、17世紀になって建造されたイスラムの城塞の跡。
この城が完成して、次々と他の地域から導師たちが部族を引き連れて定住していった。
300年以上栄えたが、各部族がやがて元の地域へ帰り、次第に寂れて廃墟になったという。
▼イスラムの城塞跡①

▼イスラムの城塞跡②

▼イスラムの城塞跡③

▼イスラムの城塞跡④

▼イスラムの城塞跡⑤

◆イスラムの墓地と 霊廟(クッバ)
大きな霊廟はこの地に入ってきた導師の達の墓で、1体1基。入口がメッカの方向になっている。アラーの名が99あることから、霊廟は99個限定で造られているらしい。



▼イスラム教徒の墓
頭がメッカの方向になっている。石が頭と足の部分の2ヶ所に置かれている。



◆最後にナイルの風景を・・・
▼悠久のナイルの風景①

▼悠久のナイルの風景②

▼悠久のナイルの風景③

▼悠久のナイルの風景④

▼悠久のナイルの風景⑤













