<水島夫妻バイク・アフリカ縦断>(35) 世界最大のスラム キベラ
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■ケニア
2007年4月28日(土)
■【水島さんの旅のブログ】
水島さんアフリカ縦断レポート 4月28日 晴れ
【世界最大のスラム キベラ訪問 】 スラムの実態。 キベラ地区の一部
* 6時起床。
* 8時30分、一地区に住んでいる人の数としては世界最大のスラムといわれるキベラを訪問してきました。
* 一昨日複合店舗になっているヤヤセンターで偶然お会いした、ライター早川さん(千晶さん)にお誘いを受け、日本大使館お勤めの方々の奥様そしてナイロビの日本学校の先生方それに父兄の方々と一緒にキベラを訪問してきました。
* 南アで見た、アパルトヘイト(人身隔離政策)で出来たスラムもその生活実態は“よくこのようなところで人が住めるものだ”と思ったが、キベラも同様であり、一地区としては世界最大といわれるだけあって、街の中の道路は下水と道が一緒になったところで、家も約10メートル平方の土間に隙間無く寝る空間しかない。本当にこんな粗悪な環境に人は住めるものだな~と、、、
▲キベラには今も稼動している鉄道がある
◆ゴミなのか? 洗濯物なのか?
* この地区はケニアの法律がほぼ適用されなく、このスラムが出来たころから長い間に出来た「キマリ」で動いているとのことであった。他人のことはたとえ隣の人が強盗であっても、薬の売人であっても、殺人者であっても絶対に人には口外しない といった不文律で成り立っているとのことであった。
街は、人・人・人・人・人 であふれ、捨て子、居場所の無い子供たちも沢山いた。そしてエイズで毎日何人か亡くなっているとのことであった。
▼ 汚物も流し、生活水としても使いの・・・ 川
▼ 道路 キベラ全域がこのような道
急患を運ぶときはすべて一輪車とのことであった。
実態のスナップです。
これもアフリカの今日の現実・実態です。
◆ 道路で遊ぶ子供たち
子供たちは好奇心旺盛で元気でした。
救われたような気持ちでした。
何故このようなスラムが出来たのか?
早川さんに教えてもらったことです。
人口は80万とも言われる(一地区としては世界最大)このスラムは、簡単に言ってしまうと「貧困にあえぐ人々が暮す街」である。
ゴミの山に埋もれ、崩れかけたような住居に、驚くべき人数がぎっしりと肩を寄せ合って暮している。
スラムの住民の多くは貧しい農村の出身者で、都会に出稼ぎに来たものの、定職に就ける幸運に出会えることはめったに無い。それでも彼らは、何とか日銭を稼いで食いつなぎながらも、田舎の村々で待つ家族のもとにわずかばかりの現金を仕送り続ける。明日はどうなるかわからないという不安定な状況下で、一日一日をひたすらサバイバルしながら彼らは懸命に生きている。
スラムは何故出来たのか?
イギリスがケニアを植民地にして最初に手をつけたのは、内陸部の物資をモンバサの港まで運ぶための鉄道ラインだった。そして其の中間地点となるサバンナにナイロビの町が作られた。それと前後して、植民地政府の兵力とされたスーダン系のヌビア人が、ナイロビのブッシュの中に「駐屯」させられた。
何も無いブッシュの中に、彼らは土塀と藁葺きの伝統住宅を建てて住み始めた。それがキベラの発祥である。そして植民地政府が都市計画を推進し始め、この地区を撤去しようとしたときに、彼らは抵抗し、大量の長屋を建てて労働者に賃貸した。そうやって実力行使で、簡単には撤去させられないようにすることで彼らは我が身を守ってきた。 とのことであった。
















* この地区はケニアの法律がほぼ適用されなく、このスラムが出来たころから長い間に出来た「キマリ」で動いているとのことであった。他人のことはたとえ隣の人が強盗であっても、薬の売人であっても、殺人者であっても絶対に人には口外しない といった不文律で成り立っているとのことであった。


