ウズベキスタン (1) タシケントへ到着
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2008年9月1日ウズベキスタンの旅
タシケント
【ウズベキスタン共和国 】 首都 タシケント
人口 総計(2004年) 2600万人
大統領 イスラム・カリモフ
【ウズベキスタンの地理】
ウズベキスタン共和国、通称ウズベキスタン は中央アジアに位置する旧ソビエト連邦の共和国
北にカザフスタン、南にトルクメニスタンとアフガニスタン、東でタジキスタン、キルギスと接する。国土の西部はカラカルパクスタン共和国として自治を行っており、東部のフェルガナ地方はタジキスタン、キルギスと国境が入り組んでいる。
国境を最低2回超えないと海に達することができない、いわゆる「二重内陸国」の一つである。
【ウズベキスタンの歴史】
ウズベキスタンの国土の中央部は、古代よりオアシス都市が栄え、東西交易路シルクロードの中継地ともなってきたトランスオクシアナ地域の大部分を占める。この地域は古代にイラン系のソグド人が活躍したが、8世紀にアラブ人によって征服され、宗教的にはイスラム化した。10世紀にはテュルク民族が進出し、言語的にテュルク語化が進む。
13世紀にはモンゴル帝国に征服され、このとき多くの都市が甚大な被害を受けるがすぐに復興を果たし、14世紀にはこの地から興ったティムール朝が中央アジアから西アジアに至る広大な地域を征服して大国家に発展した。ティムール朝の衰亡後、北からウズベク人が侵入し、ウズベク3ハン国と呼ばれるブハラ・ハン国、ヒヴァ・ハン国、コーカンド・ハン国を立てる。
これらは19世紀に北からのロシア帝国に征服され、ロシア革命後はソビエト連邦下の共和国を経て、1991年のソ連崩壊によって独立し、同時に独立国家共同体(CIS)に加盟した。独立後、カリモフ大統領が権力を集約し、ほぼ独裁政権となって統治している。
2005年5月13日に東部アンディジャンで発生した反政府暴動鎮圧事件で市民に多数の死者が出たとの情報があり、ヨーロッパ諸国・国際連合などから「人権侵害」との非難が挙がっている。また、これまで反テロの同盟国として協力関係にあった米国も態度を変化させ民主化要求を行い始めている。一方、カリモフ大統領はイスラム過激派による武力蜂起だとして欧米側による報道を批判し、国際調査団を受け入れる考えのないことを表明している。また、2001年のアフガン侵攻以来、米軍の駐留を受け入れてきたが、2005年にこれを解消し、米軍は撤収することとなった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
▼ 関空から雨のソウル、インチョン空港に14時40分到着。

▼ ソウル・インチョン空港

▼ ソウル17時30分発アシアナ航空OZ573便に乗り継いでタシケントへ。
飛行時間7時間30分 時差-4時間。

▼ アシアナ航空の機内食


▼ タシケント空港に現地時間21時に到着。


▼ タシケント空港ターミナル・ビル

◆ 現地ガイドと合流し、車でタシケントのホテルへ ホテルはMALIKA B&B


▼ ホテルのレストラン

▼ ホテルで遅い夕食

▼ ホテルの部屋


この日の9月1日はウズベキスタンの旧ソビエト連邦からの独立記念日だった。
9月1日は、ラマダーン月の初日でもあり、ウズベキスタンの新学期の初日でもあった。
タシケントに無事到着し、長時間飛行の疲れもあり、この夜は熟睡。
明日はタシケント駅8時20分発の特急列車シャルク号で「青の都」サマルカンドへ行く予定。












